みやびさん、お疲れさま

 いなりとのご縁を頂いた元保護主さん宅の猫・みやびさんが9歳で亡くなったそうだ。
 そもそも1年前に重病で体重2kgの状態で、そのまま看取るのも覚悟のうえで保護した子との事。
 家族として猫10頭と犬1頭、他に常に2〜3頭の猫を保護して、家猫修行をさせ、しっかりとした里親さんを見つける活動をしていらっしゃる方。

 いなりとのお見合いで先方に伺った時に「子猫だとすぐに里親がみつかるが、(いなりのような)大人猫をかわいいと言って里親になってくれる人の方が信用でいる」とおっしゃってくれた。
「(保護活動は)できる範囲でしかやっていない」と言われるが、生半可な気持ちでできる事ではない。あえて下衆な事を言えば、そこいらの“外猫に無責任に餌をやるだけのネコジイやネコバア”とは大違いだ。
 まぁ、どういう対処にせよ、俺も含めて人間の身勝手ではあるのもまた事実だろう。なにしろ、現在の人間は、猫族の言葉が理解できないのだから。ドラえもんのホンヤクコンニャクが欲しいと、常々思うよ。マジに。

 閑話休題。
 さきほど、お悔やみと、いなりの近況報告もかねて、ちょっと電話でお話しをしたが、あらため素敵な方だと思ったよ。前述のような活動をされている方なので、猫さんを看取る事も少なくないのだろう。でも、それを事務的に処理するのではなく、生前は親身になって世話をする。そんな当り前の事とはいうけど、当り前の事をするのって、意外と大変なんだよね。今の俺の心身状態からも、それは痛感する。
 でもね、犬や猫くらい人間になつくと、家族だよ。我家では溺愛も、もちろん虐待もしない。家族だからね。家族として躾けて、好き放題にはさせない。入っちゃ行けないところはダメだとかね。
 あ、俺の事はどうでもいいや(笑)。

 最後にみやびさんこれだけは言いたい。「良い人に保護されてよかったね。最後の1年間は幸せだったでしょう」と。「お空で、にゃあに会ったら、よろしくね」と。

 慎んで、みやびさんのご冥福をお祈りします。

復活のEGBRIDGE

 物書堂:使い慣れた日本語入力プログラムを再び…

物書堂は、2009年10月に Mac OS X 10.6 Snow Leopard および 10.5 Leopard に対応した日本語入力プログラム“かわせみ”を発売します。

この日本語入力プログラムは株式会社コーエーよりライセンスを受けた“egbridge Universal 2”がベースになっています。

 キターーー!
 2008年1月にEGBRIDGEが発売終了して以後2年弱の間、ことえりを使って耐え忍んで来たが、やっと、その苦労が報われる。
(ATOKって、昔一時期使ったけど重くて動作が不安定だったので、個人的にはあまり良い印象がなく、だったらことえりの方がマシ、と思っている)
 物書堂を立ち上げた廣瀬さんは、エルゴソフトでEGBRIDGEの開発に携わってこられた方。昨年、物書堂が活動開始した頃から、この日を待っていた。
「かわせみ」は、買うという以外の選択肢は、俺にはない。
 早く発売しないかな。楽しみだ。

俺は、残して欲しいかな。

 【Web】自分のブログ 死んだらどうなる? 訪問絶えぬ“墓碑”も(2009.08.13 msn)

 自分がこの世を去ったら、日々更新しているブログやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の日記はどうなるのか−。サービス業者によると、たいていは誰かが削除の依頼をしなければ、残り続けることになるという。書き込みが死後も消えないのは複雑な気持ちだが、残ることで訪問者が絶えない“墓碑”のような存在のブログもある。「お盆だから、亡くなったあの人の書き込みを見てみよう」。そんな時代が来るかもしれない。(森浩) 

 このブログは、このFC2のサービスが続く限り、俺が死んだ後も残しておいて欲しいな。ネット上の活動を集約する「統合整備計画」の中枢。生きた証のひとつとして。
 でも、まずは、死にたくない。もっと生きていたいんだけどね(笑)。

20周年

 現在は、俺が創作活動を行う時の屋号=独りユニットである当「夢想人企画」だが、この名称を使い始めたのは、20年前。草の根ネット「びといんねっと」を開局した時だ。それを思い出して、ちょっと記録メモを紐解いてみた。
 びといんねっとの正式名称は、1989年2月の開局当初は「びといんらぼ・ねっとわーく」で、その年の6月に「夢想人企画びといんねっと」に改称した。ここで初めて「夢想人企画」という名前を使ったわけだ。当時は草の根ネットの名称の一部であり、つまり、(当時の)夢想人企画には、十数人が所属していた訳だね。
 そして、1989年7月22日の第1回オフ「箱根温泉オフ」で、結成式(ただの宴会)をやったっけ。
 その後、色々細かい変更はあるものの、創作活動全般に屋号として用いるようになり、1999年のびといんねっと閉局をもって、現在に至る独りユニットとなった。
 完全に現在の形態になってから以降でも10年経過したのか。感無量……ってほどじゃないけど、思い入れのある名称なので、なんというか、嬉しいね。うん。
 創作ユニットとはいっても、そのほとんど(ほぼ100%)はネット上での活動。草の根ネットからメーリングリスト、Web日記、ブログと変革してきた。しかし、その本質は変わっていない。俺個人の活動なので、そんなに大きく変わるはずもない。そして、今後も変わらないんだろうね。

 まぁ、そんなこんなで、夢想人企画はいつの間にか20周年を迎えていた、というお話。

クレイジーケンバンドがメジャーデビュー

 クレイジーケンバンド、メジャーデビュー (2009.05.13 サンスポ)

 男、49にして起つ−。横山率いるクレイジーケンバンドが、結成12年目でメジャーデビューだ。

 えー。今までインディーズだったとは意外。既に大御所の風格なんだが。

 ♪ オレの話を聞け〜。サビのシャウトが印象的な「タイガー&ドラゴン」はTBS系の同名人気ドラマ主題歌で、フジテレビ系「とくダネ!」の芸能デスク、前田忠明氏(67)のテーマ曲でもおなじみ。アルバムは05年以降、毎年1枚ずつオリコン週間チャートのベスト10に入る。

 名実ともに人気バンドだが、実はこれまでインディーズで活動してきた。横山は「基本的に僕の考え方はインディーズ的にでもなければ、メジャー的でもなく、きわめてマイスタンダードなもの、つまり『規格外』なものでありますので、どちらかに振れることなく、それぞれの一長一短を冷静に俯瞰して参りました」と説明する。

 しかし、昨年6月からユニバーサルが移籍交渉を開始。担当者がライブに足繁く通った結果、同社内に初の個人レーベル「ダブルジョイ・インターナショナル」を設立することで合意に達した。

 横山は「『大は小を兼ねる』という想いと、専用レーベルを設立させて頂くという難解な条件を呑んで頂けたことが私の背中を押したわけでございます。ルーキーになった気持ちで勇往邁進したいと存じます。イイネ!イイネ!イイネ!」と決めゼリフで宣言だ。50代を目前にして原点回帰、その生き様でオヤジ族に活力を与える。

 メジャーの力で、テレビ出演とかも増えるのかな。ともかく、これからも「かっちょいいオヤジ」でいて欲しい。

まったく見なくなったけど

「ゴムパッチン」ゆーとぴあ解散していた (2008.10.21 日刊スポーツ.com)

 お笑いコンビ、ゆーとぴあが解散したことが20日、分かった。ホープこと城後光義(58)とピースこと立花伸(53)の2人が78年にコンビ結成。生徒役のピースにゴムひもをくわえさえ、教師役のホープが引っ張った手を離す「ゴムパッチン」や「よろしくーねっ」のギャグで人気だったが、89年に一時解散。96年に再結成し、昨年10月に結成30周年公演を行ったが、互いの気持ちのすれ違いなどでその後は一緒に活動せず、解散となった。

 つーか、今まで解散してなかったのか……。もう、ゴムパッチンも見られないのね(既に10年以上見てないけど)。
 お疲れさまでした。

縦書き文庫

 小説なんかは、やっぱり縦書きじゃないと読みづらい。
 かつて主宰していた草の根ネット(もはや死語?)である「びといんねっと」内に蓄積された読み物作品を編んで冊子として配布する時も、本当は縦書きにこだわりたかったのだけれども、1989年当時は、俺個人環境で家内制手工業でやるとなると、パソコンBBSのデータをほぼそのままプリントアウトするのが精一杯だった。
 活動後期には、俺もMacを使い始め、なんとかDTPの真似事をやりだし、冊子も縦書き配布を実現できたんだけども。

 閑話休題。
 小説なんかは、やっぱり縦書きじゃないと読みづらい。
 最近はめっきり小説を書かなくなったくせに、過去の資産を公開する機会を狙っていたりはする俺(笑)。
 今回試した「縦書き文庫」は、そのスジには造詣深いろぷさんが紹介されていて、とても便利そうなので、俺も真似して、過去作品のいくつかを登録・公開してみた次第。

 簡単な登録で、自作テキストを縦書き表示してくれる、優れものサイト。
 作品リストや、個別の参照画面を、ブログなど外部サイトへ貼付けることも可能なので、俺の目指す「統合整備計画」の理想にもかなり近い。

 下記が、「本棚」と称する、作品リストへのリンク。結構いかすよね。ブログのサイドバーへ設置するにもいい。

bs_width=170;bs_category=”;user_id=’between’;book_author=’日向夢想’;

 今後、過去の資産を徐々に掲載していくつもり。
 ほとんどはデータとして残っていないので、冊子からスキャンしてOCRでテキスト認識、さらに修正編集って工程をやらないとならないので、極短編からの掲載になるけども(笑)。

書家・俵越山さん

 元タレント、書家で再出発 城陽で2月、子ども向け講座 (2008.01.05 京都新聞)

 越前屋俵太さん、確かにヘンテコな字を書くネタで一時期ブレイク寸前だったが、21世紀になって突然消えたと思ったら、書家として活躍してたのか。

かつてタレント越前屋俵太として活躍した京都出身の書家・俵越山さん(46)が、今年から「書」を通じて子どもたちの感性を伸ばす教育活動を始める。書家としての再出発の地に思春期を過ごした京都府城陽市を選び、自らの経験を基に思いのままを書で表現する小中学生向けの講座を2月3日に催す。

 安易に「書ブーム」に便乗しての売名行為ではない事を期待しているよ。

黒川紀章さん、お疲れさま

 建築家黒川紀章さん死去 参院選にも立候補 73歳 (2007.10.12 asahi.com)

 東京・六本木の国立新美術館など「共生の思想」に基づく作品で国際的にも知られた、建築家で文化功労者の黒川紀章(くろかわ・きしょう)さんが12日午前8時42分、心不全のため東京都新宿区の病院で死去した。73歳だった。連絡先は東京都港区赤坂1の12の32、アーク森ビル13階。葬儀は親族のみで行う。妻は俳優の若尾文子さん。9日から入院していた。

 黒川紀章さんの突然の訃報。
 近年は都知事選挙や国政選挙へ立候補して、増してやその選挙活動の手法により、変人扱いされる面もあったが、氏は決してそんな変人ではない、と思う。
 正直いって、建築家としての黒川氏はあまり好きではない。でもそれは、俺としては他の建築家の作品の方が好みに合うというだけであり、黒川氏が世界有数の偉大な建築家のひとりである事には違いない。そして、もちろん、同じ業界の大先輩としては、素直に敬意を表していた。
 ご冥福をお祈りします。

走れ、チキンラーメン号!

 被災地で走れ!「チキンラーメン号」 – 日清食品、カップヌードルを無償提供 (2007.07.18 マイコミジャーナル)

日清食品は、16日に発生した「2007年新潟県中越沖地震」の被災地に向けて、1万1,000食の救援物資としてカップヌードルを無償で提供。加えて、給湯機能付きキッチンカー「チキンラーメン号」を2台派遣し、18日現在も支援活動を行っている。
このチキンラーメン号は、量販店、イベント会場などで即席めんを試食できるように改造した特殊車両。1994年から活動を開始し、2台で活動している。2台で1日当たり最大約3600食分のカップヌードルを提供できる給湯能力を持っている。

 やるなぁ、日清。俺もカップヌードルは好きで時々食うので、その日清がこういう支援をしてくれているというのは、嬉しいね。
 イベントをキャンセルして被災地へ出動したチキンラーメン号。そこから提供される暖かいカップヌードルは、みなさん喜んでいると思うよ。

 被災地のみなさんには心よりお見舞い申し上げます。また、一日も早い復旧をお祈りいたします。