../001_着任
告げられた時刻の5分前に、ユウジは日本マイクロトロン社に着いた。
玄関前の邪魔くさい巨大なモニュメント(たぶん、前世紀の彫刻家・タロカモトの「爆発の塔」のレプリカだろう)を仰いだとき、
(さて、いくらふっかけてやろうか)
と、漠然と考えた。
受け付けで用件を言うと、電算室へ案内される。
(少しは良心があるんだな)
逆説的に考えた。もしも大げさな応接室にでも通されたら、ユウジは少しヘソを曲げたかもしれない。
電算室では、紺色の作業着を着た初老の男と、格幅のいい中年の男がユウジを待っていた。
中年の方はニュースなどで顔を見たことがあった。去年病死したマイクロトロン社先代社長、イシヅカ・アキラの長男であり同社現社長、イシヅカ・コウイチだ。
もう一人の初老の男の方は、ここの社員であろう。作業着の胸のポケットから、角が折れた、くたびれた名刺を差し出した。
「失敬。滅多に渡したことがないもので……」
あわてて名刺を取り替えようとする老人を、イシヅカが睨む。
ユウジは笑って名刺をおしいただいた。「電算室長 タニザキ・ショウセツ」と記載されていた。
この名前も聞いたことがあった。が、頭のなかを探るが、答えがすぐに出てこない。
まあいい。データベースを検索すればおそらく分かることだし、しばらく一緒に仕事をするうちに思い出すだろうとユウジは思った。
「初めまして。オプティマイザーの、シノハラ・ユウジです。名刺は、持ち合わせておりません」
皮肉のつもりで言ってみたが、そうは伝わっていないようだった。
「早速ですが、うちの計算機をみていただきましょう」
イシヅカ社長が言うと、タニザキ室長が端末のスイッチを入れた。
見慣れたメッセージ群の後で、初期画面が立ち上がった。かと思うと、その画面は崩れるように消え、黒い画面のなかにぼんやりとした陰が現れた。
それは少しづつ形を整え、美しい女の顔になる。
<ようこそ。しばらくお仕事をやめて遊んでってくださいな>
妖艶な笑みを浮かべる女。
タニザキが端末の電源を切った。
その瞬間端末のスピーカーから、割れんばかりに女の悲鳴が鳴り響いた。
「これです。つまり、私どもの計算機のトラブルです。彼女が、あなたが戦う……消去すべき敵です」
イシヅカが静かに言った。
電算室には、まだ先ほどの女の悲鳴の余韻が残っている。
「できますか?」
「分からないですよ。社長、私はまだ、見せてもらった以上の事を知らないんですから」
「失敬。いや、オプティマイザーという方、特に、シノハラさんにとっては、訳ないことなのかと思いまして」
イシヅカが、意味不明の笑みを浮かべた。
(好かん表情だ)
「私は、嘘は嫌いなんです」
「結構です。そういうハッキリした人、好きですよ。さて、シノハラさん。今日のところは、顔合わせということで、このくらいにして、これから食事にでもどうです。上物のサンドラットを食わせてくれる店に、ご案内しますよ」
「いや。仕事を終えて良いんでしたら、今日はこれで帰らせてください、社長」
「そうでした。長旅でお疲れでしたね」
../002_ラストアクセス に続く。
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