飲め!天盃

 事務所最寄りのバス停に近づくと車内に流れるアナウンス広告で、店名だけは耳馴染みがあった「リカーショップすぎうら」さん。
 まちの酒屋さんなら珍しい物もあるかもしれないと気になってはいたが、勤め人だった頃は帰宅時間はだいたい閉店過ぎで、酒を買うのはコンビニか、週末にスーパーで他の食料品等と一緒にという事に慣れてしまい、フリーランスになった後も、あえて個人商店を利用せずとも満足していた。しかし、それで長い間もったいない事をしていたようだ。

 3年前の2018年初夏、意を決してすぎうらさんに立ち寄った。(大きな声では言えないが、通風持ちなので)酒量を控える必要があり、それなら、家でいつも飲むのは、ちょっとだけ贅沢な(価格的なことだけではなく、知る人ぞ知る、みたいな)焼酎を飲もうと思ってのこと。
 どうせやめられはしないので、悪あがき。この記事を主治医のI先生が見ていない事を願う(笑)

 その日は日本酒試飲会をやっていて(不定期で、新規に仕入れた珍しい酒等の試飲会を開催されている)、お客さんが店主と歓談しながらレジ脇のテーブルに並んだ日本酒を囲んでいた。とても楽しそうだが、日本酒はちょっと我慢して、焼酎が陳列されている棚の方へ行く。

 ざっと見渡したところ、知っている銘柄はほぼない。
(これはえらい店に入ってしまったぞ)
 一瞬そう思ったが、よくよく見返すとほとんどが庶民価格の物だ。

(ここは見栄をはったり意地を通したりせずに、教えを請う事にしよう)
 俺は素直な男なのだ。
 試飲会のお相手をされている所に恐縮しつつ、店主にお声をかける。店主の杉浦さんは、穏やかな笑顔で気さくに話をしてくれた。

 おすすめの焼酎を聞くと「全部です」とおっしゃる。それはごもっとも。すすめられない商品は置いていないわね。
 聞き方が悪かった。

「麦焼酎が好きで、夕食の時に主にロックで飲んでいるのですが、そういうのには、どれがおすすめですか。焼酎全般が好きですが、芋はきつくて、だいたい麦か蕎麦です」

 これでも実に平凡な表現でちょっと恥ずかしくなるが、選んでいただいたのは「天盃 いにしえ3年」という博多の麦焼酎。人気がある銘柄だそうだ。
 その晩に早速飲んでみると、今まで経験のない、麦焼酎とは思えない豊かな風味とコク。美味い!

 それ以来、すっかり「天盃」ファンになって、買い置きを切らせた事はない。とは言っても、毎晩の晩酌に「いにしえ」を続けていては零細フリーランスの身には辛いので(笑)、“無印”の天盃25度だが。そちらも一升瓶で2千円とリーズナブルながら、天盃のコクと風味はしっかり味わえるという素敵な一品。
 杉浦さんに教わったのだが、そもそも「麦だからスッキリで飲みやすい」「芋はクセが強い」などと素材ではなく、製法や蔵元各々によるのだそうだ。芋焼酎でもさらっとしている銘柄もあると。
 言われてみればそうかもしれない。豆腐や醤油でも、かなり濃厚でにおいがキツイのもあるよね。

 焼酎派なのでその話のみになってしまったが、現在は、梅酒が好きな嫁さんにもすぎうらさんで買っている。
 ベルギービールの品揃えも豊富で、そのファンには結構知られているお店らしい。
 また、有機栽培原料の食品も扱っていて、最近はコーヒー豆ももっぱらすぎらさんで購入させていただいている。

 その後のある日。
 いつものように天盃を買いにすぎうらさんに行くと、偶然、天盃蔵元の次期社長であられる御曹司とお会いする機会を得た。東京在住(支社長?)で、たまたま取引先を巡回中だったとのこと。
 俺としては、昔、京浜東北線車内で斎藤清六さん(村の〜時間の〜時間が〜やって参りました〜あぜ道カットの甘栗坊やでございます〜)を目撃した時に匹敵する嬉しさだった。

 今では、天盃を買いに行き店主の杉浦さんと少し世間話をするのが習慣になった。毎日仕事部屋でひとり図面を描いているので、よい息抜きになる。
 もちろんスーパーやコンビニは便利だけれど、まちの個人商店さんで買う意味のひとつはこれだろうなぁ。

この記事は、2019年5月発行の夢想人企画広報紙「あぶすとらくと3G #002」に掲載した「砂町の風に揺れながら 第2回『リカーショップすぎうら』さんのこと」を改題、当時の紙面の都合で削除した部分の復元など加筆修正したものです。

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