ロンムアが行く 1

 ロンムアが行く

 1 カーツ・リンタロン

『ロンムア、入らないのか?』
 先に言ったのは、”ハピタ”の方だった。
「あ、あぁ。そうだな」
 想像していたような豪邸ではなかったので、意表をつかれたのだ。
 確かにこの辺りのはずなのだ。間違いない。
「しまったなぁ」
『ロンムアは、最近、私へのデータ入力を怠っているからね』
「うむぅ……。政府高官の屋敷にしては珍しく、ここにはエンブレムもない」
『メカケ宅なのでは?』
「ハピタ、そんな言葉、どこでおぼえた?」
『ウハハ!』
 笑ってごまかすロボットというのも、珍しい。もっとも、これは、単なる反応パターンのひとつに過ぎない。
「カーツ・リンタロン先生にお会いしたい」
 ロンムア・シュートは、庭掃除の最中の使用人らしき男に声をかけた。
「上がって、すぐ左の部屋で待っていてくれ」
 無愛想な使用人だ、と思ったが、それはどうでもいいことだ。ロンムアにとっては、カーツ・リンタロンに会えれば、それでいいのだから。
『無愛想な使用人ですね』
 ハピタが自分を代弁してくれたので、ロンムアは思わず苦笑いしてしまった。
「ハピタ、おまえはお喋りでいけない。少しは黙っていてくれ。それに、ロボットのくせに故郷の訛りがひどすぎる」
『私にデータをインプットしたのは、ロンムアだよ。ウハハ』
「わかったよ。いいから黙っててくれ。余計なことは口にするな」
『了解』
 ハピタは、申し訳なさそうに、丸い頭をうなだれた(ような動作をした)。
 指定された部屋で待つ。一応は、ここが応接間らしいが、そう贅沢な装飾も施されていない。それどころか、この屋敷自体、カーツの地位に見合わないほどに質素だ。
(どうせ、見えないところに何を隠しているか、わかったもんじゃないさ)
 ほどなくして、ドアが開き、さっきの男が入ってきた。たくさんの野菜を無造作に入れた、洗面器ほどもある大きなサラダボールを抱えている。
「食ってみなよ」
 男は、いきなりそう言って椅子に腰掛け、サラダボールからセロリを取った。
「まずは、食ってみなよ。話は、それから聞くからさ。いいだろう?」
「え? じゃぁ、あんたがカーツ・リンタロンさんか?」
 ロンムアは、呆気にとられて黙ってしまった。目の前でセロリを頬張る男は、どう割り引いても、物流監査局の官僚、カーツ・リンタロン次長には見えない。
「あぁ、私がカーツ・リンタロンだよ。こんな格好で庭いじりなんかやってたから、使用人とでも思われたかな?」
 カーツは大笑いした。
「で、野菜は嫌いかい? まさか、そちらさんは食べないとは思うが」
 カーツは、ハピタを見た。
『食べろと言われれば食べますが。さすがに消化はできません。ドライ加工して中に貯えておきます』
「そうか、そうか。そいつは愉快だ」
 真面目に答えたハピタに、カーツは、勝手にご機嫌になった。
「別に嫌いではないですが……俺は野菜を食べに来たんじゃない」
 ロンムアは、段々イライラしてきた。
「おいおい。そんなに恐い顔をするなよ。まるで私を殺しに来たような顔だよ。まぁいいや。とにかく、食ってみろってば。”ハウス物”だぜ」
 ハウス栽培の野菜といえば、あちこちで天然栽培が多く行われていた前世紀中頃までは軽視されていたが、生化学技術の成果による超自然的栽培手法が主流の昨今では、純天然栽培など皆無に近いので、結構な貴重品である。
 そして、一般居住区画での野菜栽培は、禁止されている。
『はうすもの……申し訳ありません。この言葉は入力されていません』
 ハピタの目が忙しく点滅する。
 カーツは屈託のない笑い声をあげて、言葉を継いだ。
「大丈夫。毒なんか入っていないよ」
 ロンムアは、半ばヤケになって、突っ立ったままトマトをつかんだ。露骨ないらだちの表情のままで、それを口に運んだ。
(なんでハウス物なんていう贅沢品を、これだけ大量に食えるんだ?)
 次の瞬間、ロンムアは不覚にも、声を上げてしまった。
「うまいっ!」
 しまった、というような顔つきになったロンムアを見上げて、ほぼ同時に、カーツの表情が輝いた。
「だろう! 裏にビニールハウスを作ったんだ。そこで栽培している。後で、見せてやるよ。もちろん、他の誰にも内緒だぜ」
「カーツ先生。あんた、たいした男だぜ」
 そう言いながら、ロンムアは、ふたつ目のトマトへ手を伸ばしていた。
「そんなことは、どうでもいいんだ。俺は、大切な用事があって、ここに来たんだ」
「あぁ、だいたいは察しがついてるよ。ロンムア・シュート」
 自分の名前を既に知っているとは。ロンムアは、ひどく動揺した。
「何で知っている?」
「私だって、一応は物流監査局次長だ。”ブラックリスト”に目を通すくらいはするさ。そろそろ来るころだと思っていたが、それにしても、私も、カイ・エンタープライズに目をつけられるようになったとは、我ながら偉くなったものだ!」
 カーツは、セロリに固執しながら、相変わらずの笑顔で言った。
 ロンムアは、開き直りを決め込むことにした。
「ふぅん。俺がカイ・エンタープライズの人間だと知っているなら、話が早いよ、カーツ先生」
「お、そんな顔で凄むなよ。私は、気が小さいんだからさ」
 カーツは、セロリのシッポを吸い込みながら、おどけて言った。
「カーツ先生。じゃぁ、改めて言わせてもらうよ。”ウェーヴ・エンジン”を、我々に、くれ」
「……だめだな」
 カーツが、あっさりと返事をした。
「そう言われるとは思ったが、引き下がるわけにもいかないんだ」
「だろうな。お前の気持ちも、解らなくもない」
(いったい何を考えているんだ、こいつは)ロンムアは、カーツを直視している。
「俺は、あんたを天に還したくはないんだよ。カーツ先生」
 カーツが、もぞもぞと、小柄な身体をよじった。ロンムアがとっさに身構える。
「勘違いするな」
「!?」
 ロンムアは、腰(のホルスター)に手をかけたまま、直立した。
「ウェーヴ・エンジンだかなんだか知らないが、私にとっちゃ、何の価値もない」
「本当かよ? まぁ、いい。ともかく、俺にとっちゃ、すごい価値なんだがな」
「そうかい。でも、やれないなぁ」
「どうしても、か? 『はい、渡します』と素直になれるものでもないだろうが」
「渡したくても、手元にもなければ、どこにあるかもわからない」
「物流監査局のあんたが?」
「あぁ。どうも私は、信用されていないらしいよ」
 カーツは、他人事のように笑い飛ばした。
「本当か?」
「私は、ウソは言わないよ。それにしても、面白くなってきたな。”ブツ”が今どこにあるかは、知らない。だが、今度の”ドーリング”に出場するマシンの中に、密かに積まれるとか、なんとか……おっと、最近、独り言をいうクセがあってな。悪い病気だ。気にしないでくれ」

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6 thoughts on “ロンムアが行く 1

  1.  まぁ、お分かりの通り、確信犯。
    「竜馬がゆく」をロボット物ライト小説にしたような感じのものです。
     なんか、これ、10年くらい加筆修正してて、ぜんぜん完成しないんだけど、また懲りずに、ブログにも公開しちゃお。

  2. 幕末、かなり昔からこだわってたんですね。
    某所で存在のみを明かした「未来探偵」ただいま捜索中です。

  3. おっと。小説ですね。スーッと読めました。
    なるほど「竜馬がゆく」かあ。未完ってことですが、続きがきになりますね。

  4.  ええ。昔から日本史大好きですし、中学の頃から幕末というか龍馬好きです。
     これ、未完ですけど、例によって、ラストシーンは書き終わってるんです。
     俺はほとんどの場合、結末を思いついて、まずそこを書いてから、それに向けて書き上げるというスタイルなので。

  5. スピンドルCD-R50枚買ってきます。
    またお使いに行ってるのですか?

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