実相寺監督、ご逝去

 訃報 実相寺昭雄さん69歳=映画監督 (2006.11.30 Yahoo!ニュース)

「ウルトラマン」「帝都物語」などで知られる映画監督の実相寺昭雄(じっそうじ・あきお)さんが29日午後11時45分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。69歳。葬儀は12月2日午前10時半、文京区湯島4の1の8の麟祥院。自宅は非公表。喪主は妻で女優の原知佐子(はら・ちさこ=本名・実相寺知佐子)さん。

 特撮好き、ウルトラマン好きの俺としては、もうたまらなく悲しいぜ。

 斬新なカメラワーク、不条理な演出。さらにはその特撮番組においての約束事をも破る演出。
「慌ててカレーライスのスプーンを取り出してウルトラマンに変身しようとしたハヤタ」は「ヒーローに間抜けな事をさせるな」と叱られ、「アパートの一室(貧乏臭い和室)に潜むメトロン星人とちゃぶ台を挟んで座り対談するモロボシダン」は「海外への輸出を念頭に置いているので、なるべく日本風な描写はするな」と叱られた、などは有名なエピソードだ。
 だが、叱ったのは番組関係者で、上司にあたるような立場の人達であり、上記のエピソードは、俺たちファンの脳裏には焼き付いて離れない、印象的なシーンだ。もちろん、何度見ても楽しい。

 実相寺監督の作品としては、Vシネでリメイクされた「シルバー假面(かめん)」が遺作となってしまった。

 数日前の27日には、「ウルトラQ」「ウルトラマン」などの作曲を手がけられた宮内國郎さんも亡くなった。

 今ごろ、お二人で、新作の主題歌についての打合せでもしているのだろうか。

 ご冥福をお祈りします。

仮面ライダーカブト(第25話)

 渋谷の立ち入り禁止地区内、怪しげな一室に入った天道、加賀美、ひより。
 ここで彼らは書架に納まるファイルを見つける。紐で綴じられた古くさい紙ファイルの表紙には手書きで「マスクドライダー計画」と書かれていて、そのファイルNo.1の日付が「1971年4月3日」と書かれてた小ネタに、思わずニヤリとしてしまった。
 ちなみに、これは初代「仮面ライダー」第1話が放送された日だ。

 あと、久し振りにドレイクが登場。今回はどうでもいい役回りだったけど(笑)。

一番古い記憶

 不思議と古い記憶ほど、いい出来事、楽しかった思い出の率が多くなる。

 仕事から帰った父が、玄関で靴も脱がずに「いくか!」と怒鳴る。
 細い身体から発せられたとは思えぬほど、響き渡る声だ。もっとも、安アパートの一室。普通の声でも十分に響き渡るが。
「うん!」
 おかえりなさい、とも言わず駆け寄る俺を抱きかかえながら、父は言う。
「出かけていた俺やかあさんが帰ってきたら、まず、『おかえりなさい』というんだぞ!」
「うん!……おかえりなさい!……行こ!」
「あぁ、行こう!」

 手を繋いで、少し歩く。
 今、地図上で再確認すると、ほんの200メートルくらいの距離だが、当時は数十分歩いたような気がする。

 アパートのすぐ近くに都電(路面電車)が走ってて、夕方か暮れてからか、とにかくそんな時間に、父に連れられて見に来る踏切が大好きだった。

 警鐘が鳴る。
 らんぷが点滅する。
 遮断機が下りる。

「電車が来る事」ではなく「踏切の動き」が好きだった。

 踏切の動きを何度か見ると満足して、アパートに帰る。
 時々、帰路途中で焼き鳥を買ってもらえた。

 共同の炊事場に寄ると、母が「できたよ!」と、コンロから鍋を上げる。

 以上は、たぶん2歳から3歳の時の記憶。
 俺の記憶の中では、一番古い出来事。

 ねこぱんち!
上上下下左右左右bA: あなたの一番古い記憶は何ですか?

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