“鴻池の猫”兄、誕生日おめでとう

 今回の記事は、私信に近くなりますが、ご容赦ください。

 最近、このブログにも時々書くが、例の「“鴻池の猫”兄」が、今日誕生日を迎えたとのこと。
 名実共に兄のように慕うというとおり、もちろん俺より年上で、誕生日といっても、悲喜こもごもかもしれない(というのは、あくまでも俺の想像だけど)。
 でもなぁ、「天命を知る」お歳になられたとは、これまたしつこく繰り返しになるけど、悲喜こもごもだろう。
 まぁ、そういう事はご本人が思うことだし、俺には——「関係ない」とは言いたくはないが——伺い知れぬ事だ。

 ネット関係でいう交友関係と転機といえば、今まで大きくいえば三つある。二十数年前に、草の根ネットを主宰していた時。2004年にブログを始めた時。そのどちらも、俺が主催者とか最年長とかだった。
 そして、もうひとつ。四年前くらいにツイッターを始めた時。

 ネット上では前述のとおりだし(それを苦に思ったことはなく、むしろ楽しんでいたのは言うまでもない事)、実縁では弟がいて、俺は長男。
 って、俺の事はどうでもいいのだが(笑)、

 兄貴とは、ひょんなきっかけ(笑)でツイッターで知り合って丁度三年くらい。その翌年正月に実際にお会いしてからでもすでに丸二年以上たつ。初対面の時から「兄貴みたいだな」と思っていた。
 それから今までの間に、色々な事を教わった。俺は馬鹿なのであまり吸収できていないけれど、俺なりに、兄貴の気持ちというか「理系文系の枠を超えて」……じゃないな、「理系文系の枠を融合させてなんか面白く生きて行こうぜ」ってな思いを感じ取っている。これが、兄貴のいう「芸術」「文化」の中に収まる思考/指向であるなら、嬉しいんだけど。

 まぁ、うだうだ書いたが、やっぱり、これしかないな。

「“鴻池の猫”兄、誕生日おめでとう。近いうちに、鰹節でももって、また行くね」


これもスランプというのか?

 一週間ぶりに、管理画面に直接入力〜即公開をしてみる(笑)。

 最近、巡回ブログの多くで、更新に対するモチベーションが下がったとか、ブログは誰の物とか、記事を書くネタがどうのとか、まぁ、そんな、自己分析風のことを目にする。

 俺も、ブログを始めて、そろそろ1年になる。
 ここらで省みるか……なんてのは、俺に似合わないね。

 それと関連あるかどうかわからんけど、ここ数日は、以前のように、脳と指が直結しているような、思った事を勢いで書いて即、記事として上げるという事をしなくなった。
 意識的にやっているわけではなく、ちょっと諸々忙しいので、メモ書き程度に留めてしまい(ネタはたくさんあるので、忘れないように、CLIEかパソコンのテキストエディタに入力はしておく)、さすがに、それをそのまま公開はできないなという状態。
 で、エディタで書き進めたり、オンラインの管理画面に直接入力しても、一旦下書き保存して、数時間から半日は放置する。再編集の時に醒めていたら、捨てる。

 こういうやりかたを常用していたブロガーも多いとは思うけど、俺は、日記としての意味合いが多い(日記を書くツールとして、またまたブログがしっくりしただけで、それ以上は深く考えていない)ので、ちょっと、今の「校正する」という状態は、自己嫌悪に近い苛立たしさがある。
 でも、即刻公開にすると、とんでもない文章になってしまうようで、怖い。
 ブログを日記として使っているとはいっても、当然、公表できない事も多い。そんなネタは、従来通り、CLIEに「本物の日記」として記述している。そっちも、なんか文章が乱れているんだよね。紙の日記帳だったら、きっと、翌日読み返した時に、破いてしまいそうなくらい、変な文章。えっと、文章というか、文法がめちゃめちゃなんだ。

 それでも、やっぱり、文章を綴るのは好き。
 俺は、文系の技術屋だからね(笑)。

ねこぱんち!
→むつみのT’sな日記:ちょうど3週間ぶりの更新です