../003_オレンジ
彼女の顔を引き寄せる。
こんなに間近で見ても彼女の顔は美しい。完璧だ、とユウジは思った。
最近の流行に沿っていはいても、決してそれにとらわれているのではなく、自分の素性もちゃんと理解した上での化粧。いわゆる絶世の美女に値して十分でありながら、嫌みがまるでない。不思議にも万人うけしそうな顔でもある。
ルージュをひいた唇はどこまでも赤い。
その唇が静かに開かれていった。きちんと並んだ白い歯の奥から突き出される舌。ゆっくりと唇を嘗める。露骨な誘惑。芝居がかっている。
それでも、誘惑には負ける。彼女から一瞬も目が離せない。
甘い香りが漂う。まるで夢のよう……。
……夢のよう……。
と、丁度いいところでユウジは目を覚ました。
現実の世界にも甘い香りが漂っている。少々安っぽい香りではあるが。
「お目覚めですか」
「うわっ!」
ユウジは、反射的に、目の前の顔を思いきり払いのけた。
「うぉっとっとっとっ……これはこれは」
半身転がりながら、タニザキが苦笑する。
「朝食、できてますよ。トマトのオレンジ煮です」
部屋を見渡すと、見慣れない、質素な和室。
「ここは……?」
「覚えてないんですか? 我が社の仮眠室ですよ。シノハラさん、サンドラット焼酎を一気飲みするんだもの。倒れますってば」
「あぁ……」
昨夜、結局受けた接待で、慣れない地酒を飲まされて具合が悪くなったんだ。
しかし、それ以後の記憶がない。
「申し訳ありませんが、午前中には作業を始めていただきたいのですが?」
タニザキが、本当に申し訳なさそうに言う。
「分かってますよ」
ユウジは、それだけ言うと、目の前に出されたスープをひと口、すすった。
「……美味い!」
「そうでしょう! 私の自慢料理です。二日酔いにも効きますよ!」
「で、これは、何ですか?」
「はははは。トマトのオレンジ煮、です」
「あぁ、さっき聞きましたっけ」
「そうです、そうです」
以後、無言。
しばしの間、奇妙な朝食風景が続く。
「それでは。あとは片づけておきます。シャワー浴びてスッキリしてきてください」
タニザキに即されて、ユウジは従った。
「あ、私は、今日代休を戴いてますので、ここで失礼します。直接、社長の所に行っていただければ大丈夫ですから。では、よろしくお願いします」
部屋を出ていくタニザキを横目に、ユウジは呆然としていた。
ともかく、シャワーを浴びてこよう。
これから、ユウジの戦いが始まる。
コメント
うーん。いっぱい知りたいことがあるぅ。
(o>ω<)
特に、目覚めた時にタニザキのどんな顔(ブサイク具合とか脂ギッシュ具合とか)が眼の前にせまっていたかがとっても知りたいです。
先の表現が色っぽいだけに、そこの描写だけで充分笑いを取れそうですよ。「いや、とってどうする!?」とも思いますが。
ろぷさん江
タニザキは渋い技術屋なんですよ(笑)。
フラグメントファイルあるいはエージェントのための仕事部屋[evolve]../004
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