砂町もすっかり地元

 ウォーキングのため、いつものように荒川へ出たのだが、花粉症の敵・ブタクサやセイタカアワダチソウが猛威を振るっていて目が痒くてどうしようもなくなり、いつもの河川敷遊歩道をやめてそそくさと堤内(堤防の住居側)へ転進し、まち歩きに切替え。
 そんな訳で、ふらふらと……いや、颯爽と南砂を歩いていると、元八幡通り商店街へ出た。ついでなので、お参りへ。

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 地元での通称「元八幡様」こと富賀岡八幡宮。近所だが、数年ぶりだわ。
 江戸時代、まだ干潟だったこの地の開拓を始めた頃に八幡様を招致。深川の富岡八幡宮が有名だが、そこへ移転する前の社がこちら。ゆえに元八幡様。由緒正しき社なのだ。もっとも、現在は地味で地元でもひっそりとしているんだけどね。

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 近年(1999年)、この地にゆかりの深い、わが砂町開拓の祖・砂村新左衛門顕彰碑が建立された。
 しかし、いつも思うけど、砂村一族が開拓したのにちなみ砂村(砂村新田)という地名になったのだから、町になる時、本当は砂村町にしなきゃいけなかったんだろな。これじゃ、さかなクンさんをさかなさんと呼ぶようなもので(笑)。

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 境内には、富士塚もある。富士登山がまだ誰でも気軽にという時代ではなかった時に、こうして富士山に似せた小山を作って擬似登山したそうで、都内あちこちにある。ここ元八幡の富士塚は、氏子さんたちが富士山から持ち帰った岩石もたくさん混ざっているそうだ。こういうのを見ると、あらためて富士山は信仰の対象だったんだなぁと思うね。日本人の心のよりどころだよね。

 地元っていいなぁ。
 結婚して大島に引っ越してきてその後隣の砂町へ。合わせて二十二年半。
 荒川区に産まれてから三年で西新井に越してその実家で結婚まで二十二年暮らしたが、途中で二年間を金町の寮に入っていたから、思えば、この地、大島・砂町が一番長く住んでいる。なんか凄いな。


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